”個”の時代について考える

こんにちは!
karen.k デザイナーのカレンです。

コロナウイルスにより、働き方が急スピードで変わりつつあります。リモートワークの会社や、副業を始める人が増えたり、「永久就職」なんてものは、幻想になりました。これからは、「”個”の時代だ」なんてことも言われたりしています。

長い間信じられてきた「前へ倣え、右へ倣え」の優等生こそが勝ち組、という方程式は崩れ去ったのではないでしょうか?

では、これからの時代はどういった力が必要になってくるのでしょうか

他人と自分を比べない”力”


まず、はじめに言っておきたいのですが、隣の芝生は青いです。絶対に青いです。才能のある分野であればなおさらです。どれだけ自己肯定感が高かろうが、どれだけ自己受容していようが、隣の芝生は青いのです。

個の時代を生き抜くためには、他人と自分を比べない ”力” が必要です。もう競争の時代は終わったのです。人と比べて、自分が劣っているところを補う。そんなことはもうしなくていいです。無駄です。

隣の芝生は青い。その事実を知って、「ああ、今日も隣の芝生は青くて綺麗だなあ。」以上、終わり。「それに比べて私なんて、、、、」この言葉以上に、非生産的な言葉はないということを覚えておいてください。

生きていくためには、何かしら”行動”をすることが必要です。行動するためには、”原動力”が必須。他人と自分を比べるという行為は、この原動力を著しく低下させます。

「やりたい!!」と思ったなら、とりあえずやってみればいいのです。何かを始めたいとき、はじめにすることは、”まずやってみる” こと。先駆者や、他人と比べて、「私なんてまだまだだしなあ」と拗ねることではありません。バカになってしまえばいいのです。

自分を客観視する”力”


他人と自分を比べることが、どれだけ無駄なことだとわかっていても、やめられないのが人間です。では、どうすれば、他人と自分を比べる癖をやめられるでしょうか。それは、自分を客観視することです。隣の芝生が青いのなら、自分の家の芝生を、隣の家から見てみればいいのです。

夜景はとっても綺麗ですが、実際にその街に降り立ってみると、雑多な歓楽街です。物事は、その渦中にいると、美しさに目がいかず、醜さばかりに目がいくものなのです。逆も然り。

常に、自分のことを客観的に見る視点を忘れないでください。あなたが悩んでいることが、どんなに小さいことで、あなたが何でもないと思っていることが、とんでもない才能だったりするのです。

自分を客観視するワークとして、動画編集をオススメしています。自分が話している動画を客観的に見て、字幕をつける編集をすることで、自分はどういうことに関心があり、どんな思想を持ち、どんな表現をしている人なのか、かなり客観的に見ることができます。

Vrewというアプリを使えば、字幕を入れる動画編集が簡単にできますので、ぜひ挑戦してみてください。

継続する”力”



行動をして、結果が出るまでには、必ずある程度の時間がかかります。

このブログ記事も、私の脳内にある思考を言語化しているわけですが、納得いく形になるまでにはある一定の時間を要しています。そうやって時間をかけて書いたブログを公開して、誰かに届くのにも、時間がかかります。誰かがこのブログを読んで、私に興味を持つまでにも、もちろん時間がかかる。何かを達成するためには、当然のように時間がかかるものなのです。

あなたが何か始めたとして、すぐには結果は出ないでしょう。だからと言って、決してあきらめないでください。ありとあらゆる、思いつく全てのアイデアを試して、成功するまでの過程を大いに楽しんでください。

成功していないからこそできる、挑戦がたくさんあります。成功していない、余裕がある時だからこそ出来ることに目を向けて、ひとつひとつ積み上げていきましょう。

自分の感受性を磨く


そして、挑戦の最中、絶対に忘れないで欲しいのが、”自分の感受性を磨く” ということです。

挑戦をする、ということは、たくさん失敗をする、ということでもあります。そんな時、いろんな人にアドバイスをもらったり、助けられたりすると思うのです。それはすごくありがたいことなのですが、少し気が緩むと、自分は何が好きで、どういう価値観の人間なのか、を見失ってしまうことがあります。

アドバイスをくれる人や、助けてくれる人を批判しているわけではなく、どんな時でも、自分の感受性を軸に生きる事の大切さを伝えたいのです。アドバイスを聞くのか、救いの手をとるのか、最終的な決断をしているのは自分自身だということを忘れないでください。そのことを忘れないために、常日頃から、自分は何が好きで、何が嫌いなのか、細かく細かく自問自答し、日常の小さな場面でそれを表現することを忘れないでください。

感受性は、感じるだけでなく、感じたことを表現することで養われます。不感症を時代のせい、親のせいにするのはナンセンスです。

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